『森の郷』上野さんが作る、香り高い棚田柚子。その柚子胡椒は、柚子を丸ごと瓶に詰め込んだよう。

豊前の国は、柚子胡椒発祥の地と言われる。“英彦山”に植わっていた柚子を使い、修験者が保存食として柚子胡椒を作ったのが始まりだそうだ。その後も豊前や日田を中心に柚子胡椒は長く作られており、今や全国でも一般的な調味料となった。
現在豊前市には、柚子胡椒を作る加工所やメーカーがいくつかある。一昔前と比べるとずいぶん減ってしまったのだが、それは柚子を育て続けることの大変さも一因に挙げられる。
そんな中で、長く豊前で柚子を作り続ける農家さんがいる。今回ご紹介する『森の郷』の上野さんだ。ご両親の代から、豊前市の轟(とどろ)という場所で柚子を育てている。
寒暖差の大きな棚田で育てる、香り豊かな『棚田柚子』。その柚子を使った柚子胡椒は、驚くほどに香りが立つ。一度食べると他の柚子胡椒の香りでは物足りなさを覚えるほど。

◆豊前市の山間部。轟(とどろ)の棚田で作る柚子。
豊前の柚子といえば、『棚田柚子』が有名だ。実はこの棚田柚子、今回取材させていただいた上野さんのお父さんが付けたネーミングだそうだ。
沢をまたぎ、急斜面を上り、棚田へと向かう。あまりに急な坂で、息が上がってくる。斜面に石垣を組んで作られた棚田には、100本もの柚子の木が植えられていた。
取材させて頂いたのは3月初旬。柚子は夏に青い実を付け、秋に黄色く熟していく。3月はまだ実もなっていなかったが、すでにお忙しく手入れをされていた。
「あっちの畑、見えますか?今の時期、普通はあんな風に草が枯れてる状態です。でもこの柚子の棚田は、しっかり肥料をあげてるから、こんなに草が生えてます。手入れは大変ですけどね」
3月になったとはいえ、まだ肌寒い日が続く。しかもこの棚田がある轟(とどろ)は海抜350mを超え、平地よりさらに温度は下がる。そんな中でも草が青々と茂るのは、丁寧に手を掛けて畑を作っているからに他ならない。見渡した棚田は、そのすべてが青一面だった。

◆柚子の生産は、思いのほか重労働。
「最近は柚子を作る農家さんも減って、放棄されてる畑もありますね」
柚子を育てる皆さんの高齢化もあるが、柚子を育てることそのものの大変さも一因のようだ。恥ずかしながら私は、柚子の木さえあれば、柚子は簡単に収穫できるものだと思っていた。
「そう思われる方もいますが、ホントに手が掛かるんです。肥料もそうですし、枝や実の剪定(せんてい)とか。あとこのトゲ。木にトゲがたくさんあって、自分で自分の実を傷つけちゃうんです」
もしかして、このトゲを1本残らず、すべて取る…なんてことは。
「さすがに全部じゃないんですけど、出来るだけ取るようにしています」
棚田にある、100本もの柚子の木。その1本1本には数えきれない枝がある。剪定も、トゲの処理も、途方もない重労働が想像できた。

◆皮を守るため、虫害にも気を配る。
柚子胡椒には、柚子の皮を使う。色味のキレイな柚子胡椒を作るためには、皮をきれいに保つことが大切なのだとか。
「柚子の皮って、黒い点があるんですけど分かりますか?あの黒い点は、虫のせいで出来るんです。でも黒い部分があると、柚子胡椒にしたときに色が悪くなっちゃう。だから虫にも気を遣います」
聞くと、柚子の収穫量は多い時で年間1トン。それだけの量の柚子の実の虫害にも丁寧に気を配ると聞くだけで、その大変さが分かる。
『森の郷』の柚子胡椒は、青柚子の実をそのまま詰めているかのような鮮やかな緑が印象的だ。私はこれまで何気なく「キレイな色だな」くらいにしか考えていなかったが、その裏には途方もない努力が隠れていた。

◆『森の郷』の棚田柚子は、なぜ美味しいのか。
失礼ながら、柚子はスーパーに行けば簡単に手に入る。上野さんが作る棚田柚子は、他の柚子と何が違い、なぜ美味しいのか。
「ここは標高が高いので、寒暖差も大きいんです。寒暖差があると柚子の皮が厚くなり、香りも良くなる。柚子胡椒に使うのは皮だけですけど、果汁も酢が濃くて美味しいんですよ」
なるほど。棚田という厳しい環境で、丁寧に手を掛けるから、美味しい柚子が育つ。だからこそ、その柚子を使った柚子胡椒も香り高く、美味しく仕上がるのだ。
知れば知るほど、『森の郷』の柚子胡椒の香りが、すごく有難いものだと思えるようになった。

◆どんな料理も、ひと足しで華やかにしてくれる。
うどんのお出汁に、ほんのちょっとだけ柚子胡椒を溶かす。たちまち柚子の香りが立ち上り、いつものうどんが上品で華やかに変わってゆく。
刺身、ドレッシング、鍋、唐揚げ、炒め物。どんな料理にもマッチし、ひと足しで料理をもっと美味しく演出してくれる柚子胡椒。
辛みも大切だが、やはり一番の魅力は香りだ。もし柚子胡椒がお好きなら、ぜひ一度『森の郷』上野さんの柚子胡椒を使ってみてほしい。その香りに、きっと心を奪われてしまうはず。
森の郷
森の郷
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